ズルカの記事

水戸ホーリーホック・木下康介選手雑感、またはそれを眺めていた半年間

 

前年応援していた伊藤涼太郎選手の新潟への順当すぎる移籍に喪失感を引きずったまま年は明け、新体制発表を一応追いつつ余暇のほとんど全てを地方局テレビドキュメンタリーアーカイブの視聴に費やしていた2022年初頭。
プレシーズンマッチは試合結果を文字上で確認し、ついに鹿島に勝ったという事実にのみただひたすら感動していた。
1週遅れて始まったシーズンは平日開催を挟みながらとんとん拍子に過ぎてゆく。キャプテン新里涼選手の苦しそうな状態に心を痛めて、新加入選手のことはほとんど覚えられないまま、あまり何を考えるでもなしに試合を鳥瞰していた。


そんな中でも何となく目で追ってしまう選手がいた。第一にでかい。でかいがすらっとしている。すらっとしているがパワフルな推進力があり、ハイプレスを仕掛けてはボールを奪うとドリブルでピッチを一気に駆け上がっていく。素人目にも周囲とはなにか一線を画している感じがした。4節の横浜FC戦など、悠々と振った足でゴム弾のようにボールが飛んでいくのでとにかくおっかなく、得点が決まっても喜びを置いてけぼりにして「うお…」と慄き引き笑いをしてしまっていた。
背番号15・木下康介選手。今シーズン、浦和レッズから水戸ホーリーホックへ完全移籍で加入したフォワード選手だ。
当時のわたしはツイートをしては後悔してすぐ消すという行動をとっていたためもっとあれこれと言っていたような気もするが、木下選手について残っているところの自分のファーストインプレッションはこれらしい。

この時に気づいていれば。得難い時間を2ヶ月も浪費してしまった。

 

それは4月23日、第11節ホーム山口戦。
試合開始30秒足らずのことだった。センターサークル付近に向かってくるロングボールに合わせて高く飛んだ木下選手は背後から競ってきた相手選手と頭部どうしで思いきり接触し、そのまま地面へ叩きつけられるように落下した。仰向けになって悶えることもなく静止している様子を、脳震盪だろうかとハラハラしながら見守る。しかしまもなくゆっくり起き上がると、スタッフに促されて自力でピッチの外へ歩く姿には笑顔も見られたので、ひとまずは安心に終わった。木下選手は頭に止血か何かのバンドを被されて再びプレーに参加すると何事もなかったかのようにまた走り回り、後半には同点ゴールを決めてバックスタンドを煽っていた。
試合は結局3-2と水戸が逆転勝利を収めた。わたしは熱闘の余韻に浸りながら、なぜだか今日の木下選手の姿を頭で何度も反芻していると、突然『木下康介選手からファン・サポーターの皆さまへ』という動画がオフィシャルLINEより通知される。
負傷のこともあるからと撮ってくださったのだろうか。頭に痛々しい手当ての跡を抱えながらも穏やかな笑顔で試合を振り返る木下選手。自分が勝手に抱いていたどことなく他人行儀な感覚とは裏腹に、水戸ホーリーホックの一員としての当事者意識を伝えんとする言葉選びに心が和らぐ(しかしながらこの動画のタイトルセンスはアイドルファン的にはギルティなのであった)。

 

とにかくもこの日何が変わったかというと、これまで当然視認はしていながらもどうも実在を訝しむことしかできないでいた木下選手の存在に対して、わたしは強烈な物質性でもって人格を認めたような気がする。本当にひどい話ではあるが、負傷によってあの強靭なエネルギーの源も細胞の集合であり一つの人体であることをようやく実感し、すると今までそれがチームの勝利に近づくことであるという点でわくわくを感じながらもひたすらおっかなかった木下選手のプレーに、美しさを見出せるようになったのだ。そればかりか大きな彼の姿に知りもしない子供の頃の情景すらオーバーラップできたりした(たまらず同居人にこの話を捲し立てると、「人はそれをギャップ萌えと言うのだよ」と一蹴された。真理)。

 

その後、改めてここまでの試合やアツマーレ入学式、キャンプレポートやPR大使ドラフト会議などのアーカイブを木下選手起点でしっかり見直し、過去のプレー集やインタビュー記事などを簡単に観測できる範囲で見回り、きっとはまり初めのこの高鳴る気持ちを忘れては後悔するぞと思い、試合や何かあるたびに簡単にでもメモを残し始めた。

 

4月27日、アウェー長崎戦。チームとしてあまりボールを前へ繋げない。なんとか渡って来てもすぐに固く囲まれる。ピッチレベルのカメラで大きく映されるライン際の攻防は諫山先生の描く巨人化アニとエレンの格闘シーンを思い出す迫力。後々描こうとしたが難しくて諦めた。身体の向きの切り替えの判断が素早く懐も深く、簡単には奪われないうまさがあるが、こうも嫌がらせのような人数でマークされては1人での打開にも限度があるというもの。孤立気味で、なかなか攻めきれずもどかしそう。しかしキャプテンが心配。

 

4月30日、ホーム甲府戦。ふわーとした春の西日が美しい。K’sスタはあまり陰ができないし、自然光の時にホワイトバランスが安定していて映像が撮りやすそう。木下選手は競ったり正面からぶつかりそうになるところで相手の運動エネルギーを利用して風に流れていくような力の抜け方が本当に綺麗で、このしなやかさは怪我を繰り返した上で身についた自分を守るすべでもあるのだろうかと考える。ランニングが軽やかで、遠景だとやはり重量を感じない。

 

5月15日、アウェー東京V戦。ゴールキーパー山口瑠伊選手のロングキックから、安藤瑞希選手が身体を張ったことで前に流れていったボールを、木下選手はタイミング完璧な走り出しで獲得し、相手キーパーとの1対1を冷静に沈める。攻撃的なゴールキーパーを志向する山口選手の、相手にプレッシャーをかけられながらも積極的な意図を持ったキックが精度の高いアシストとなった。
木下選手はかなりの確率で山口選手と一緒にいるところを見受ける。逆輸入コンビとしてシーズン前から対談特集も組まれていたお2人は長い海外生活にアジャストした外国人選手っぽい雰囲気を共有していて、歳は若干離れているが対等で気を遣わない空気感がある。実際やりとりも英語で、敬語がないから楽だそう。チームメイトにも目が合うたびウインクを投げ、いつも爽やか笑顔で老若男女に好かれる王子様的存在の山口選手が、木下選手といる時は何やら真剣に、または気だるそうに話をしているのを見ていると、きっとお互いサッカーについても一番本音を展開できる相手なんだろうなと感じる(2人ともジェスチャーが多いので会話の内容がなんとなく分かるのだ)。チームの背中を預かるゴールキーパーと、チームに背中を預けて走るストライカーというポジションは、おそらくどちらも孤独があるという点で似ているように思ったし、前と後ろの離れたところにいる2人が繋がることがチーム全体を締めるという仮定においても象徴的なゴールだったと思った。

 

5月21日、ホーム岩手戦。中継上で岩手のフィジカル系フォワード選手との比較構成が効いていて、木下選手のしなやかさ、ピッチ内を広く走り回るフットワークの軽さが際立つ。なんとなくエネルギーを出しきれない展開の中、前半28分に後列でボールを回す相手に思い切りプレッシャーをかけていき、2度3度と怒涛のボール追いで、相手がたまらず蹴り出そうとするところを最後は足に当て外に出す。ワンプレーで会場を沸かせ、チームメイトを奮い立たせた。
その直後であった。木下選手のナイスファイトに対してひときわ激励を示し、自身もかなり前がかりになっていたキャプテン新里選手の足元に、焦りもあったか相手キーパーのキックミスのボールがすぱんと飛び込んできたのだ。スタジアムじゅうに緊張が駆け抜けたあと、逆風に煽られるようにピッチ上の選手全員が一斉に岩手ゴール方向へ走り出すが、新里選手はその中心でひとりボールを持ったまま立ち止まると、細い体の全身を使って「それいけっ」とシュートを放ち、ボールは距離約30メートルをぽーんと飛んでゴールネットへ吸い込まれていった。このポジティブな未来への思い切りのよさが新里選手らしくて、深い暗闇から抜けて自分を取り戻したようなそのゴールに、安堵と興奮と嬉しさが込み上がりボロ泣きしてしまった。これで個人的には、キャプテンへの心配で埋まっていた心の容量が空いて、すっかり木下選手のことばかり考えられるようにもなった。
追加点となる木下選手の1点目は、安藤選手の得点としておいて良かったのではという声もあったがラストタッチで結構軌道が変わったように見え、あの場所にしっかり位置を取っているのもまたしたたかな実力だと思った。2点目の胸でのゴールも、どんな形でもこつこつと点を重ねていくストライカーらしいゴールだった(そして複数得点してなお、いつでもまた機会はあるでしょうとばかりにヒーローインタビューには呼ばれないのであった)。

 

しかし何かざわざわしている。このところ、なんとなくだが木下選手の所作にあの瞑想しているかのような鷹揚さが無くなってきている気がするのだ。
ハードなスケジュールが続き、既に異常な暑さ、おそらく北欧には無かったであろうただただ不快で健康を害する暴力的なこの暑さが原因か。それが楽しそうであっても張り切りまくっているのであっても、浮き足立ったような状態はあまり木下選手にとってのベストコンディションではないような気もする。しかしまあそんなものではなかったか。木下選手にも気分というものがあるのだ。翻ってわたし自身の感情の不安定を投影しているに過ぎないのか。この頃、出場メンバーの入れ替わりの激しい水戸において木下選手は当然のように試合に使われ続けていることや、個のパフォーマンスで圧倒していればするほど、わたしはその実力を喜び盛り上がるのではなく、周りに対してフラストレーションを溜めているのではないかとか、現状に物足りなさを感じているのではないだろうかとか、失礼で陰気臭いマインドに落ちていた。千葉戦、新潟戦。表情が本当に怖かった。「くれよっ」という激しいジェスチャーに萎縮しながら、しかし華やかでエキセントリックになってゆくプレーに心は引きずり込まれ、試合を観終わるとどっと疲弊した。

 

6月5日アウェー大宮戦。相馬監督体制初のホームゲームに燃える大宮へ、連敗脱出をかけて挑んだ一戦。
この日のことに言及するにはもうあまりに機を逃している。今さら直接的に掘り返すことではないのかもしれない。しかし流し書いて後を繋げたって嘘になるので、自分なりに言葉にしていきたいと思う。
試合前、広報さんのどんな気まぐれか普通見ることのないロッカールームでの選手の様子がアップされ、そこで粛々と準備をされる木下選手の写真が実に端正で美しいものであったため永久にそれを眺めていると、今度はウォーミングアップや試合開始までの映像で、やはりまたギラギラとしたオーラを皮膚の下にたたえているような姿が見受けられ、すでに自分の感情がよくわからないことになっているうちに試合が始まった。
立ち上がりから、お互いになにか神妙な集中力でせめぎ合う。水戸が前半終了間際と後半の立ち上がりの良い時間帯に2得点を決め、その後も何度もチームで前への仕掛けを繰り返していた。
61分。木下選手はハイプレスで精度を欠かせた相手ボールを自陣で獲得すると、そのまま1人2人と振り切りながら、豪速のドリブルで右サイドをぶった斬るように突き進んでゆく。コースを切られて角度が無くなり無理に放ったボールは相手に弾かれたものの、ゴール裏の水戸サポーターを大いに沸かせた。その歓声の渦の元、木下選手は勢いづいた踵で思い切り目の前のLED看板を蹴り付けたのだった。
審判チームも相手選手も、見えていなかったのか咎めなかっただけなのか、試合はそのままセットプレーに入っていった。わたしも木下選手のことばかり目で追っかけていたつもりが全く気づいておらず、ただリプレイ映像明けに抜かれた表情が今まで見たことのないくらい険しいもので、お優しい安藤選手が背中をさすって励ましていた様子だけは覚えている。2-0で水戸が3試合ぶりの勝利を収めた数時間後、唐突にクラブからのリリースが通知され固まった。ラップトップでDAZNのタブを開こうとする指がすぐには動かなかった。

 

ピッチの中での人間どうしの勝負、とりわけこうしたプロサッカーの高いレベル帯でのプレーの激しさは、単に運動量という点でなく精神にも大きく負荷をかけるものであり、その中で相手を上回るには自分を抑制するブレーキをある程度取り払うことも前提とされているのであれば、それは心を制御できなくなってしまうような閾値とすぐ隣り合わせであるのを思わされた。わたしはその上に成り立つエンタメを神様目線で提供され、消費しながら、脆弱な生身の肉体を露呈させることで発揮される身体性の美しさに興奮を感じこそすれ、そう感じることの怖さについてほとんど気に留めてこなかった、いや意識的に無視していた。ホーム山口戦で惹きつけられたのもそんな歪んだ感覚の一端で、それが向く先にこの事象が起きたことと、木下選手の心を思うと、すごく落ち込んだ。

 

いつも頭に木下選手を思い浮かべる時、その姿は大抵少し目線を落として俯いている。ああして多くの時間、試合の中でもゆったり泰然自若とした印象を受けるのは、瞬間の力を一切の躊躇なく爆発させるために、身体と心を自分の手の届く範囲に落ち着けておくよう身についたものなのかもしれないと思った。それでも激流のような衝動に支配されてしまうことがあるのだ。

 

ピッチから客席までがぎゅっと狭まったNACK5で、当看板のすぐ裏の隙間に座っていたボールパーソンの女の子が衝撃にとても怯えていた、といういくつかの証言もわたしを動揺させた。
せめてもの救いだったのは、その怒りが外部を根源とするものではなかったであろうことと、加害が人に向いたものでなかったことだ。節を重ねるごとに厳しくなっていくマークの中で、わずらわしいような接触や時には悪質と思えるようなプレーを受けることもあるが、被ファウル時にフラストレーションを溜め込んだり相手に食ってかかったりするようなところは見たことがない。いつも自分の肉体とボールだけの空間にいて相手からの干渉はただの自然現象として捉えているかのようだった。木下選手はずっと自分と戦っていた。

 

自分の心が沈み込んでいるのか浮き足立っているのかもよく分からなかった。水戸のサポーターをはじめ、大宮や浦和レッズのサポーター(その日は確かJ1では試合がなく、隣チームでライバル関係にある大宮と、木下選手はじめ何かと繋がりの深い水戸との対戦を窺う浦和サポさんが散見された)、他クラブサポーターやサッカーファン、サッカーなんてまるで興味のない外野、によって話題と名前がごちゃごちゃに増大していく風景を、遮音された窓越しに漫然と眺めていた。

 

試合から4日が経った6月9日にJリーグからの制裁が決定し、それを受けて社長会見が行われ、木下選手のコメント付きのリリースが出された。選手教育を掲げるクラブは個人に形式的な懲罰を与えてやり過ごすのではなく、問題を全員で受け止め、選手に反省と成長を促す柔軟な対応を考えていた。
フロントスタッフの瀬田さんが出されたnote記事(下記リンク)もあって、事後の様子を知り、文章であっても本人からの言葉を受けて幾分か心が軽くなった。わたしは木下選手の、非日本語圏生活の長さも影響していると思われる知的な平易さを持ったやわらかい日本語が好きだった。

 

そしてその日、ホーリーくんが「康介くんはね、今日は朝からスタッフさんのミーティングにでてたんだって。康介くんもがんばってるし、ホーリーくんも応援するぞ」とツイートをしてくれていたのだ。仕事をはっ倒した深夜、依然鬱々とした気分のままでいたわたしはそのツイートを見た瞬間、自分が今何をするべきか、何を描いたらいいのかが分かったような気がして、夢中になって1枚の絵を描き殴った。

ホーリーくんはもっとスリムでした。ごめんね

6月11日がお誕生日のホーリーくんのために、次節12日のホームゲームにはバースデーパーティーが予定されていた。キャプテンを中心に選手みんなからもプレゼントを考えているよ、なんて告知もあり、ああきっとみんなでホーリーくんをお祝いして幸せに溢れるその空間に、木下選手は出て来られないのだと想像すると、そのコントラストがとても寂しかった。しかしホーリーくんは、どうにもならないわたしたちの気持ちを背負って直接選手のそばに寄り添ってくれる。介入しづらい話題にも、そっと姿を隠しておくのではなくクラブやチームの一員としてまっすぐに出てきてくれる。クラブのマスコットとは、ホーリーくんとはそういう存在なんだと思った。「試合に勝ってハグ」、きっとそれが実現するように祈った。

 

絵を見てくださったサポーターの方々がメッセージを寄せてくださり、特に「泣けた」という言葉をいただいたことにびっくりした。人の感情を動かせるのはありがたいことだが、それよりもおそらくみんな木下選手のことをとても大好きで、些細なきっかけで涙が出てしまいそうになるほど結構傷付いていたのだろうと思われ、それが嬉しかった。
今まで出場や活躍のわりに言及が少ないなということを、情報に飢えたファンとしての不満も若干含みながら疑問に感じていた。理由を推察するに、チームの平均年齢がリーグでいちばん若いこのクラブでは、プロになりたての選手がもがき成長していく姿をまるで親戚の子供かのように見守るのが楽しいというファンも多いように見え、そんな中では27歳と年長でキャリアも豊かな木下選手は新加入にして心配かけない大人の扱いだったのだ。言葉少なに仕事に徹することができてしまうためになかなか遠いままの距離感が、木下選手自身の心を見出しづらくさせていたのだと思う。今回のことで、ここまでチームに貢献してくれていたその存在の大きさへの感謝と、しかしこちらはそれに甘えて一方的に頼るばかりで、本人に向き合う気持ちをおろそかにしていたのでは、というような各々の自省すら含む心配の声が、いくつも発信されるようになっていた。

 

わたし自身も、好きといいつついまだに少し怖かった木下選手に対しての見方がかなり変わった。木下選手はわたしが自分に見える部分から抱いていた印象よりもずっと、素直さを失わずにいられている人だと思った。
自分に確固としたものを持っていながらも、だからこそ風に流れる柳のように周囲を受け入れ、学ぶ姿勢をとり続けられる人なのだと。あの強さも、落ち着きも、余裕しゃくしゃくに身についているもののように見えていたけれど、言葉や理論で理解することと骨身に染み込ませて体現することとの隔たりをきっと自身の中で何度も感じては保とうとする繰り返しなのだろうと思った。それがすごく共感できた。

 

それからは持て余すこの期間に、今いちど昨年の浦和時代やそれ以前北欧での記録、横浜FC下部組織時代の様子、木下選手のここまでの道のりやさまざまなことについて、ネットの海を底引網のごとく漁りに漁った。見られる職業と言っても記録され残っていくものは思うよりずっと少ないことを実感すると、特に遠い地でひとり必ずしも光のもとでなく黙々と歩まれてきた木下選手の儚さに打たれ、その軌跡を追って覚えていようとする1人に自分はならなければいけないという尊大な使命感を湧き上がらせたし、何よりそうしていないと時間の進みが遅々として耐え難かったのだ。しかしおかげで、今までのいろんな想像の点と点がつながったり、知らなかった一面を発見したりして、少しずつ木下選手への解像度が高まっていったように思う。
特に印象的だったのは、プレー映像に見られるものや周りからの評価され方が、今と過去10年余りでかなり一定していることだ。早いうちに既に自身の強みを理解して、型を磨き続けている聡明さを思わされた。

 

また、大古参フリエサポさんが遥か10年前には木下選手のイメージカクテルなんてものを作っていたのを見たりして、ではわたしももうちょっと不安にならずに好き勝手自分の解釈の木下選手を描いたり言葉にしたりしてみようと勇気が湧き、この期間は木下選手にとっての「Dreamland」だ、「You float in the pool where the soundtrack is canned」だ、と妄想膨らませてホックニーのオマージュでかなりくだらないファンアートを描いたりした(『Dreamland』はイギリスのロックバンドGlass Animalsのアルバム表題曲。「You float…」は同作歌詞。音楽に疎いわたしは木下選手が選手プロフィールにて好きなアーティストに挙げてらしたことで彼らを知ったのだが、オルタナポップの無邪気で湿潤なサウンドに、ドラッグやDV、同性愛、Toxic Masculinityからの脱却など世上の題材をパーソナルに物語る人間愛溢れた音楽性で、歌詞の考察サイトを巡ったりしかなりハマってしまった。木下選手の好きがどのくらいの強度のものなのかは分からない)。
この3週間はどちらかというとわたしにとってのドリームランドだった。焦れても立ち止まらなければいけなくなった時間には、過去に思い巡らせ丁寧にアルバムを作るのだ。木下選手は長いキャリアの中で希望するパフォーマンスの実現のために最適化された結果として表れていった容姿そのものも美しく、下手の遅筆ながらも映像を見ては輪郭線を必死に追う時間それ自体が癒しになった。自分にお絵描きという手段があって本当に良かったと思った。苦しめられることの方がずっと多いけれど。

 

大宮戦から1週間が経ち、6月12日ホーム山形戦は、今シーズン大きな期待をされながらも木下選手の活躍の陰できっかけを掴みきれずに苦しんでいたフォワード梅田魁人選手が、後半投入直後に相手のミスを逃さず待望の初ゴールを決め、水戸の大勝利に終わった。梅田選手の涙のインタビューにもらい泣きし、秋葉監督の愛情深い語りにももらい泣きし、いまチームが本当に良い雰囲気であることを思わされた。それはこの週、チームメイトに頭を下げ、フロントスタッフと混ざって研修に取り組む木下選手の誠実な態度があり、それに応えるべくクラブはつとめて明るく前向きな発信をし、スポンサーに感謝し、にんにくを剥き、水戸ファミリーがひとつになって試合に臨んだ成果だった。

 

(以下、山形戦後監督インタビューの起こしより一部抜粋)

秋葉監督「ありがとうございます、ただ素晴らしいインタビューの後なんで非常に喋りづらいですけども(笑)。選手たちは本当によく戦ってくれましたし、今週クラブに色々あった中でも、こういう風にサポーター・ファミリー含めてたくさん来てくれてますし。我々水戸ホーリーホックというクラブは震災もそうでしたし、いろんなことがあっても必ず這い上がる、前を向いて立ち上がってくる、そういうことを選手、クラブ、サポーター・ファミリー全員で証明したゴールだと思ってますし、そういう勝利だと思ってますから。本当に今日3797人のサポーター・ファミリーが来てくれたからこそこういうゲームになったなと思ってますんで。まだまだ我々は這い上がりますし立ち上がって、どんな困難が待っていようが、どんなことがあろうが、我々らしくしっかりと歯を食いしばって、みんなで夢へ向かって突き進みたいなって思っています」
―木下選手不在となりましたが、前線の選手たちが前への矢印見せてくれましたね。
秋葉監督「もうその通りですね、選手誰が出ようと我々にはいつも120%トレーニングから鍛えられている選手がいますから。誰が出てもいい状態ですし、いつも言っていますけど、野心的でギラギラしたものを持っている選手たくさんいますんで。それプラス、やっぱり明治安田生命さんであったり、ホーリーくんの誕生日であったり、東海村の日があったりだとか、昨日もみんなでにんにく剥いたり、いろんないいことがあって、今日を迎えたと思ってますから。本当にこう、クラブ、サポーター・ファミリー一丸となって勝ち取った勝利だなという風に思ってます」

 

 

 

 

6月25日、2試合の出場停止期間が終わって初の試合であるホーム岡山戦。試合開始2時間前に発表されたスタメン画像、そこに木下選手の名前があった。
この日はオフィシャルパートナーであるアダストリアさんのPlay fashion!マッチで、スタイリストさんによってコーディネートされた選手が登場するバス入りファッションショーがあった。久しぶりに見られた動く姿の木下選手はハーフパンツにレギンスを合わせているのが大人っぽくて、白いTシャツが昼光を受けて汚れのない真っ白だった。イヤホンを外して耳にかけ、やわらかな笑顔で四方を見渡しては手を振り、社長に背中を叩かれてスタジアムに入っていかれる姿に、生まれ変わるような心持ちでもって戻ってきてくださったんだと胸が熱くなった。
ロッカーアウト後のアライバルでは、エスコートキッズの女の子の髪をそっと直してやって微笑んでいた。木下選手は小さな命に対する慈愛のある人だと思う。入場後には前に並ぶその女の子の肩に手を乗せていて、自分もちびのころ大好きな大和田真史選手が一緒にお写真を撮ってくださった時にそのようにされた思い出があったから、女の子の心情が伝わってくるような気がした。ちょっとびびりながらもあのどっしりと重たい感触を、きっとあの子も、もうちょっと大きくなった時に噛み締めるのだろう。

 

試合は序盤から水戸がテンポ良く攻め続ける。木下選手も連携からチャンスを連発し、その度に堅牢な岡山の守備に阻まれてもスタジアムには揺るがない気概が広がっていた。
なにより、長い長い3週間を待ったのだ。木下選手がピッチを駆ける姿が映るだけでどきどきが止まらない。それは木下選手自身も同じように見えた。なんだかものすごく楽しそうなのだ。今まで、木下選手はサッカーに対して超然とされているというか、期待や責任を背負い込むことをモチベーションにするタイプではないように想像していたのだが、これは今、試合に出て得点を目指す理由の中に実態を伴った外向きの意識を大きく持つようになったのではないか、かつそれをとてもポジティブなエネルギーにしているのではないかと感じられた。この感想はまた、得られた限りのコンテクストへの依拠にすぎないのかもしれない。でも、オレンジピンクの西日に照らされた瞳は確かな生命力に満ち溢れていた。本当にいい表情でプレーをなさっていた。


後半開始直後、ここ一番の決定機が訪れる。前田椋介選手からの縦方向のミドルパスをボックスのど真ん中でボレーのように合わせシュートするも、惜しくもミートせず枠の上へ飛んでいく。
そして後半60分。ペナルティエリア内で安藤選手が囲まれながらもキープし、ゴール目の前のスポットにぽんと抜け出した木下選手の足元へ飛んできたパスは、もう勢いのままに軽く軌道を変えるだけ、完全に決めたと思われたそのボールはしかし、目前のクロスバーをガシャッと叩き、反対サイドに逸れていった。
普段だったらものにしていたプレーだとも思った。試合勘の足りなさというものなのか、少しの高揚が精彩を欠いたのか。ここで決めていたら……。それでも諦めず、チーム全体で何度も攻撃を続ける。木下選手は手を叩き声を張って周りを、そして自身を鼓舞していた。
正式なオフサイドラインも引けないのにあれこれと言うのも何だがかなり際どい判定によって幻のゴールとなった69分のプレーの後、木下選手は交代しピッチの外に下がっていった。今日のスタメン発表以降、いやこの謹慎期間のさまざまな発信を受けながら頭に何度も妄想していたひとつ美しい形のストーリーは、そんなにうまく実現するものではなかった。それでもこの上なく感銘を受けていた。もう何も隠すことはできない、何も隠さなくていい、まっさらな木下選手がそこにただ存在していて、わたしはそれを見た。まばゆかった。
この日木下選手は交代後もロッカールームに戻ることなく、ユニフォームのままベンチに座ってじっと戦況を眺めていた。次に取ったらいいのです、きっと!

 

7月2日ホーム横浜FC戦は、クラブに関わる全ての人にとって特段エモーショナルな一戦だった。水戸では初めての声出し応援検証試合だったからだ。860日ぶりに声が帰ってきたスタジアム。声援のある中でのプレーはプロになって初めてだという選手も多かった。序盤から明らかにふかしすぎているスピード感に、彼らの興奮が伝わってきた。
前半、村田航一選手にアクシデントがあるも、急遽交代投入された後藤田亘輝選手のキレのあるクロスを木下選手が伸びやかなヘディングで合わせて相手キーパーの手を弾きネットを揺らす。抑えなくていい大歓声がスタンドから湧き上がり、タビナスジェファーソン選手へのゴールセレブレーションをやろうやろうとチームメイトを手招きする笑顔ははじけていた。
そこまでは最高だったのだが、春の対戦が蘇るような悔しい悔しい逆転負け。横浜FCにはレベルの高い戦いの中で築いてきた強固な自信と覚悟があり、焦らず修正し勝ち切る強さがあった。良いチームだと思った。しかし試合終了の笛が鳴ったときに込み上げてきた感情は、恐れず最後まで必死に走り抜いた水戸の選手たちと、水戸ホーリーホックというクラブへの底知れない愛しさだった。
バックスタンド周回の様子は圧倒されるものであった。声出し応援は一体となって歌うチャントもだが、一人ひとりが湧き上がる思いをなんとか届けようとそれぞれの言葉で叫ぶことにこそ価値があると感じた。立ち尽くしスタンドの人間たちを一心に仰ぎ見つめながら、照明の白光に眩んで降り注ぎいつまでもやまない声援をただ全身で浴びる、木下選手を含め選手たち。もはや自らはどんな意志も言葉に託すすべはないと知ったように。あの無窮の静寂。

 

夏の移籍期間が始まる。
春の段階から既に、対戦相手のサポーターやJ2を熱心にウォッチしている方々によって「水戸の木下いいよな、強奪しようぜ」「うちと対戦する前にJ1行ってくれ」等々、モノのように話されるのを目にしていた。その度に「この恐怖を誰もが知っているはずなのに、好き勝手言いおってからに……!」と画面を睨んでは呪詛を送ったりTwitterでは無言のいいねで牽制をかけたりと無駄な抵抗を続けていたが、いざウインドウが開いてしまうと不安が現実味を帯びてまたナーバスになってくる。公式リリース以外の噂には一切心の惑わされることはなかったものの、その公式リリースが本当にあっけなく出されることに怯えながら、1日1日が過ぎていくのをじっと待った。高井和馬選手が山口に帰り、平塚悠知選手が福岡に個人昇格していった。もう終わってくれー、これ以上もう誰もいなくならないでくれー。正直覚悟もしていた。しかしそれではあまりに道半ばである。木下選手の水戸での物語はまだ序盤の山場を越えたくらいでしかないのだ。もっともっと見せてほしいものがたくさんあるのだ。

 

水戸は声出し応援の運営検証試合が早い段階からかなりの頻度で組まれていた。これはクラブ側の積極的な姿勢も大きく影響しているだろうと思われるものだった。そんな中サポーター有志の方々から、木下選手の個人チャントがいの一番に発表された。
原曲をあたると歌詞がなかなかちょっと怖くて、もっと他になかったのかと思ったりもしたが、いざスタジアムで歌声が重層的に響いていくのを聴くと、ゴール量産しそうな無双感がかっこよく、走るような低いトーンも外国リーグのチャントのようで、木下選手にぴったりだ、と手のひら返して喜んだ。キャプテンのポケセンチャントしかり、考える人はすごい。

 

8月7日、過去対戦で勝利はおろか1点たりとも奪うことのできていない、難敵秋田戦。
相手ホームの地の利も活かす徹底された戦略に、水戸はまた苦戦を強いられる。ボールを受けてからワンテンポでも遅れると途端に囲まれて奪われてしまう。まるで野武士だ。
しかし後半、木下選手の受けて一瞬で反転しノールックで左足を思い切り振り抜くシュートが決まる。あの吹っ飛ぶようなシュートフォームは木下選手の象徴的なかたちであるように思うから大好きだ。ベンチから飛び出してくる選手コーチのかたまりをぴょんと跳ねて受け止めると甘えたように顔を埋め、輪が解けてピッチに戻るときには1人噛み締めるように両手でガッツポーズをしてらした。なぜこんなにも嬉しそうなのだろう、そりゃゴールは嬉しいが。単に良い時間帯のゴールということなのだろうか、ゴールの形が完璧で気持ちいいものだったからだろうか。心の裡は分からないけれど、とにかくとても嬉しそうなのが印象的だった。ホーリーくんもおそらくお気に入りであるオフィシャルの写真も、初めて見るようなキラキラ輝いた表情で、ユニフォームのとろみのある布感もよく捉えられていてものすごく良い写真なのだ。今期10点目。個人的にはシーズン通して一番お気に入りのゴールでもある。アウェーで秋田相手に初得点と貴重な引き分けではあったが、勝てたらどんなに良かったか……と、とても口惜しい試合だった。

 

心休まらない移籍期間にはせめてもの希望となる新たな出会いもあった。横浜FCからレンタル加入した安永礼央選手は同ユース出身で木下選手の後輩であった。二人は面識は無いというが、ただ安永選手はクラブユース時代の要所要所で、木下選手について「すごい人がいたんだよ」と言い伝えられていたことを知った。

 

8月12日、夏の移籍市場が閉幕した。
オファーというものがどんな程度で出されるものなのかをよく分からないし、看板事件が響くのではなんて憶測されているのも想像の材料にはした。これが木下選手の本意であったかなど知る由もないが、とにかく今ここにあるものは本意であれ不本意を含むのであれ木下選手自らの意思が今シーズンを水戸で過ごすことを選択したという事実で、それが嬉しかった。
残りはもう12試合程度。正直短すぎるが、まだ水戸の木下選手が見られるんだ、もっともっと得点を重ねていただき、チームを勝利に導く活躍をして、ヒーローインタビューに選ばれたり、月間ベストゴールを受賞したり、秋にはお誕生日をお祝いしたり、グッズ宣伝ツイートに登場したり、PR大使企画もまだ何かあるかもしれないし、MVVが読めるかもしれないし、更新頻度激減中のアツマーレ日記に1フレーム見切れたり、そして最終節には木下選手のゴールでプレーオフ進出権を勝ち取るんだ、そうに違いない。

 

木下選手はよく自身の好調の要因を尋ねられると、往々にして「コンディションが良くなってきている」と言う。
最近は思い切り振り抜くシュートも撃てるようになってきていると。確かに、このごろのパフォーマンスには「軽やか」よりも「ダイナミック」という表現がしっくりくるような気がした。本人の努力に加え、メディカルに金と労を惜しまない自クラブの姿勢はその根もとに間違いなく効果を発揮していると思えた。
よく、木下選手をスタメン起用しないと流し試合なのかなんて言う人がいる。早い時間帯に交代されると「早すぎる、もっと使え」という声も多い。しかしおそらく秋葉監督は念には念くらいの慎重さで木下選手を扱っているのだろうと感じられた。本人の意向も強いのかもしれない。過去の怪我や、無理をおして身体を壊した経験が思っていたよりもずっと響いていることを実感するたびに、とにかく無理せず良いコンディションでい続けられることを第一に願っていた。
水戸の選手の平均年齢の低さに感覚が引っ張られているからか、わたしは常に彼のプレーヤー人生の最後について想いを巡らせていた。

 

8月20日、32節アウェー山口戦。
ベンチスタートで後半早い時間に途中出場。うまくいかない流れに喝を入れるべく、キャプテン新里選手と安永選手との3人同時投入。せかせかとキャプテンマークを付けながらピッチに指示を送るキャプテン、水戸での初出場にしかし覚悟が決まりきっている安永選手、淡々と準備をする木下選手、この3人の並びがかっこよくて、ここから巻き返せれば、と期待したが、やはり後ろと噛み合わないプレーが続き、かなりストレスを溜めているようだった。そんな中でも新里選手とは意思が合っていることがこの試合だけでなく多いように感じられたりするのだが、結局状況は打開できず、「何もない!」の試合だったわけで、だというのにファンとしてチームを心配する気持ちよりも自分自身の精神に監督の檄が響いてしまい、仕事をものすごく頑張れてしまう。

 

それから早3日、秋葉監督激怒インタビューの違法転載動画がバズりにバズっている火曜日に、延期開催となっていたホーム大分戦が行われた。
前半28分、左サイドでボールを受けた木下選手は、これまで安藤選手が再三の猪ムーブでカードを取らせていたことも響いたか屈強な外国人選手を薙ぎ倒して1人で突き進み、最後は繊細な技術で鮮やかにゴールを決める。ため息が出るほど圧巻のプレーだった。表には木下選手のことをリーダー呼びしてくれる大崎航詩選手の良いパスからのゴールだったことも嬉しい。
安藤選手のこれまた猪突猛進の追加点もあって、2-0の勝利。前線2人のコンビネーションが決まった試合だった。木下選手は80分過ぎの交代直前にはピッチに座り込んでしまうくらい、点を取ってなお走りきってくださった。試合終了の笛が鳴ると、選手やコーチ陣が飛び出ていって喜び合うのを、ひとりベンチから立ち上がることができずに静かに眺めていらした。
ついに念願のヒーローインタビューがあった。さっきまでものすごい威力で走り回っていたとは思えないゆったり穏やかな受け答えが木下選手らしくて素敵だ。インタビューを映し出すスタジアムのスクリーンを金久保順選手が指差しながら「やっぱバケモンだな!好きだわ〜俺ああいうストライカー」と嬉しそうに言って回っているのが良かった。
ヒーローインタビューはその後の1人小走りでスタンドに向かうなどの前後含めて演出されるヒーロー感が醍醐味だ。しかしこの日はみんな木下選手を待っていたので、一緒にバックスタンドに向かいながら、次にスクリーンに映された秋葉監督の涙の「This is 水戸ホーリーホック!」の炸裂に、一同「やったー!」と大喜びの大爆笑をされていた。
木下選手は全員の前に立ったり盛り上がりの中心にいるようなのがあまり似合わない気もするが、問答無用で呼ばれたトラメガ挨拶では足を庇ってよろけながら乗ったお立ち台の上で「前節不甲斐ない試合をして、みんなに悲しい思いをさせたと思うので、そのぶん今日やってやりました!」「ここから全勝して、J1昇格目指すので、みなさん応援よろしくお願いします!」なんてしっかり盛り上げてくださる言葉にも若干の浮遊感があって、この蒸した勝利の熱にひととき心を委ねているようだった。間違いなくヒーローだった。

 

ケーブルテレビ・ジェイウェイの『教えて!ホーリーホック』という、選手がサッカー少年たちの質問に答えるミニ番組に、木下選手の回があった。
木下選手はこういう時にしっかり語ってくださる方である。サッカー観や身体の使い方などのご自身による言語化なんてファンとしてテンション上がらないわけがないうえに、シンコペーションのかかるような話し方が心地よく、何度も何度も聞いた。
「リラックス。慌てないことです」、「キック力は筋力じゃない、インパクト」、「みんな結構淡々とやってるもんなんです試合って」、「鞭でしならせて弾くような……」などどの言葉もまず一番に納得感が強く、つまり目指されていることが素人の自分にも分かるくらい明確にプレーに表れているのがすごいと思った。
インプットを重視、とにかく映像を見るんだ、という強調の仕方はクリエイティブの人っぽくもあり、形から真似してみることでそれが内包する意味もまず身体が理解できるようになるとか、よく機能しているものは見た目にも美しい、という考え方をされていると感じられる意見は、わたし自身も同じように考え、サッカーや木下選手のこともそのように好きでもあるので、嬉しいことだった。

 

9月3日、アウェー仙台戦。
仙台側がなんだかごたごたしていたらしいのもあって、もはやウォーミングアップの時点で水戸の勝ちは見えていたようなものだった。のちの『勝利の裏側』でさらに深く伝わるのだが、大きな大きな仙台という相手に対して、それぞれの緊張を分かち合って互いにリラックスできるよう思いやり、前向きな言葉と笑顔でチームはひとつになっていた。スタジアムの壮大なBGM演出すらもはや水戸のためのものだ。入場時の木下選手の武者震いしているような表情がたまらない。
28分、ガラ空きの右サイドに抜け出していった杉浦文哉選手が、それをしっかり見ていた同期髙岸憲伸選手からの最高のパスを受けて右足一閃。木下選手が徹底的に対策される中、「僕もいるんだけどな〜っ」というような杉浦選手らしいさわやかで堂々としたゴールだった。木下選手が思わずガッツポーズをしていたのも印象的だった。髙岸選手ともう1人の新卒組の後藤田選手が真っ先に駆け寄ってきて喜んでいたその後で、木下選手も杉浦選手をハグしてとんとんと肩を2回叩いていた。果敢にゴールにチャレンジするものの決めきれずにいた杉浦選手に、最近よく言葉をかける姿があったのを思い出した。
後半にはセットプレーからの追加点があり、その後にPKで1点返されるも水戸は最後まで崩れることはなく、2-1で勝利した。水戸らしい、水戸の強さで、掴んだ勝利だった。話させて話させてと3人もトラメガ挨拶をしてくれ、みんなでラインダンスをして、キャプテンのハッピーバースデーを歌い、キャプテンのお腹の底からの「ありがとうございまあす!」がユアスタの夜空に響き渡った。サッカーでこんなにも優しい喜びに包まれた空間が作れるのかと感動した。

 

しかしここからチームは長く苦しい時間を過ごすことになる。

 

話は少し遡るが、ドイツからレオナルド・ブローダーセン選手が加入し、これは木下選手のドイツ語が復活するのでは……!と一瞬期待が高まる。ドイツ語をもうどれだけ覚えていらっしゃるかは分からないが、ほんの少しだけ知ることのできたホンブルクの木下選手はちょっとシャープで、ドイツ文学の薄暗い森の雰囲気を漂わせていて非常にかっこいいのだ。なかなか苦しいことの多い期間だったのではと思うのでそうしたシビアさも反映されてのことかもしれないが、思考は言語環境によって規定され、人のアイデンティティに影響するのは何よりも言語だ、という仮定から想像を巡らすのが楽しい。海外で活動される選手が必ずしも英語や現地の言葉を覚えるわけではない中で、木下選手にはドイツ語と英語を学ばれ用いられていたことで培われた価値観が反映されているはずであるし、18歳からの9年間という時間に、ドイツに加えスウェーデン、ベルギー、ノルウェーという地で、何を見、どんなふうに過ごされてきたのだろうということにも思いを馳せたりした。
レオ選手とのやりとりが何語なのかは結局分からないので置いておくとしても、やはりとても気にかけてよく一緒に話していらっしゃるようだった。きっとプロの道を外国人として歩んできた先輩らしく、慣れない環境に孤独や面倒をなるだけ感じさせないため力になりたいとお思いなのではないだろうか。

 

9月18日、アウェー新潟戦。岩手、長崎と痛い2連敗を喫した状況でも選手たちは弱気になることなくファイティングポーズを取り続けたが、首位を走るビッグクラブの圧倒的な力に打ちのめされ、ここにきて秋葉監督体制初の3連敗という結果に終わった。
新潟には、木下選手が昨季浦和でチームメイトであったトーマス・デン選手が所属していた。デン選手はこの時期オーストラリア代表に招集されることが決まっており、もういらっしゃらないのかと残念に思っていたが、新潟側が発表したメンバー表にはその名前があった。
前述の話の関連で、木下選手にとってデン選手は英語でコミュニケーションを取れることが大きかったろうが、それだけでなく、慣れない土地で、試合に出られず、ぼろぼろの身体と向き合うしかない、その孤独を共有する関係でもあったのだと思う。不甲斐なく行き別れ、しかし今それぞれの場所で欠かせない選手として躍動している2人が、ついにピッチ上で相まみえ、互いに譲らないマッチアップをできたときはとても嬉しそうだった。
試合後、木下選手がストーリーズにお写真を上げていた。言葉はなかったがクラブで共有された写真の中からデン選手が一緒に写り込んでいるものをなんとか探したのだろうかと想像してほっこりした。デン選手は翌日には飛行機に乗って日本を発たれていた。

 

その3日後、若い戦力で連敗脱出への望みをかけたホーム東京V戦は、木下選手にとっては出場停止の2試合を除いて初めてのメンバー外となった試合であった。
試合結果は1-2。これで4連敗。
プレーオフの可能性がほとんどゼロになってしまったことよりも、このチームのみなさんが、勝利がもたらす開放的で充実したムードの中で笑い合える時間がどんどん減っていってしまっていることが悲しかった。

 

9月25日、アウェー徳島戦。
前半セットプレーの際、ボールに向かって一斉に飛び出していく中で木下選手は相手選手複数人に引っ張られ自由が効かなくなったまま、飛んできたキーパーの胴に抱き込まれるように正面から激突し、後頭部を地面に強く打ちつけた。明らかにお星様が見えており、脳震盪かとハラハラする。4月の山口戦が蘇る。相手選手の方々はうずくまっている木下選手を足元に囲みながら、突っ込んできたのが悪いということを主審に捲し立てているし、実況解説のお二方も負傷に全然触れないので、気のやり場がない。木下選手はおもむろに身体を起こすと、悶着をよそに1人ピッチの脇へふらふらと歩いていかれた。一応プレーは続けられるようで、複数人を相手にし倒されてもなお失わずファウルを取らせたり、難しいボールをシュートまで持っていくなどのシーンもあったが、結局後半立ち上がって間もない不自然な時間にベンチへ下げられたため、負傷時やハーフタイムで交代しなくて良かったのだろうかといまだに少し不信感が募る。

 

10月2日、第39節ホーム千葉戦。中断期間以後の最多動員を目指して、クラブが長い期間をかけてさまざまに施策を立てていた注目の一戦だった。しかしここにも、木下選手の名前は無かった。
知人が一緒に試合を観戦していたので、正直木下選手がプレーしているのを観てオタクになっているところを目撃されずに済むのは不幸中の幸いではあったのだが、前節の交代以後この週はほとんど一切姿を見ることがなかったので、今何をされているのか、どんな状態であるのか、何も分からないまま不安を溜め込むばかりだった。唯一得られた情報は、人権啓発イベントに寄せて掲出された選手メッセージの中で木下選手の「No racism!!」の文字。手書きのマジックペンの軌跡を眺めながら、人権メッセージというテーマから木下選手がその文言を選んで書かれた事実に思いを巡らせた。負傷離脱中のキャプテンの「大事なのは支え合うこと。」と共に、姿なく残された言葉は余計に寂しく胸を打った。
この日サッカーを初めて観たという知人は、選手たちは必死に頑張っているのにどうにもならないまま試合終了の近づいていくのを「部活でバレーをやっていた時を思い出す」と切なそうにしていて、苦い観戦体験にさせてしまったなという申し訳なさと共に、勝負事の摂理を改めて感じながらこの敗戦を観届けた。
ほどなく、秋葉監督の今季限りでの退任が発表された。

 

前述したアウェー岩手戦でのキャプテン新里選手の負傷離脱と、そこからどうしても勝ちを掴めなくなってしまったチームの状況と、最終盤にきて辛くやるせないことばかりが続いていたが、そんな中ひとり東京V戦での初ゴールからようやく努力の萌芽を見せ始めた唐山翔自選手の明るい話題は、よく木下選手との関係性にフォーカスされていた。
唐山選手と一緒にいたり、彼の話をしたりするときの木下選手は、今まで表には見せてこなかったではありませんかというような、とても気を抜いた、お兄さんのような顔をなさっており、10ほど離れたこの選手のことを大層可愛がっているようだった。

 

唐山選手は、トレーニング映像などを見ていて個人的には『ピンポン』のペコのようだなとも思ったりしていて、だから瀬田さんのnoteでの、チャンスが来るとゴールできることが嬉しくて笑顔が出てしまうという唐山選手に対して木下選手が「チャンスの時こそいかに冷静に普段通りできるかが大事」とアドバイスする話にも、ウキウキのメンタルもそれはそれで唐山選手なりに力を引き出しそうでもあるけどなと思っていた。
しかし結局、ここで勝てなければ全てが終わってしまうというような41節アウェー栃木戦も終盤の2得点でチームを大逆転勝利に導いた唐山選手はラッキーボーイのニューヒーローになったわけだが(それは当然、唐山選手の腐らない努力の賜物だという前提がある)、まさに冷静さと集中力の求められるPKを決めたことなど、木下選手のアドバイスが結実したのかなと思わされた。

 

一方で、例えばその栃木戦だって、前半終了間際に木下選手が反撃開始の1点目を決めている。その際の捨て身の接触が試合後にまで響いているようだったのは心配だがともかく、木下選手のあのゴールも唐山選手の決勝ゴールも勝利を構成する要素としてその質量は全く同じ1点なのだ。わたしはそういうゴールが木下選手らしいなと思うし、そんな木下選手が好きだからそれでいいのだが、自身はチーム自体の不調も相まって停滞していながらも、助言もあって覚醒し劇的なゴールを連発する唐山選手の成長を心から喜んでいることに、次のエースはお前だぞとでもいうような構図が見えすぎて、ちょっとだけ切ない気持ちになるのだった。

 

最終節、第42節。ホーム群馬戦。
舞台は整っていた。勝たなければいけない理由が多すぎた。それを番記者の佐藤さんは試合当日のプレビュー記事のタイトルにて「すべては、みんなの『笑顔』のために」と表現なさっていた。そうだつまりは笑顔のためなんだ、と思った。今日勝ち取るべきものはみんなの笑顔なんだと。
激しい展開に何度も荒れそうになる場面を、怪我からの驚くべき回復力でぎりぎり間に合いスタメン出場していたキャプテン新里選手がよくコントロールしてくれていた。彼の話をどうしてもしたい。新里選手は、物腰も身体的にもふにゃんと柔らかい感じの選手で、そんな人が今年キャプテンに任命され、ピッチ外の広報的な活動はクラブの雰囲気とよく合って抜群にこなしてくれていたものの、成人男性サッカー選手30数人の集団をまとめ上げるのは尋常な仕事ではなかったと思う。実際シーズン序盤はその重責感に潰され、新里選手らしいあっけらかんとしてクリエイティビティ溢れるプレーが影を潜めていたし、終盤には過激な接触を受けて負傷、チームにとってもご自身にとっても大切な試合を前にして戦線離脱を余儀なくされた。キャプテンを欠いたチームは「運命」を取りこぼし、その苦境に交わることすらできない彼から発信されるいくつもの抑えた言葉は受け取り難いほどに悲痛なもので、こんなにクラブに力を尽くしてくれているのに、あの時のひとりピッチにうずくまる華奢な背中と、痛みと悔しさに歪ませた表情が最後の姿になってしまうのだったら、あまりにやりきれないと思っていた。そんな新里選手が今、(なぜか1stユニフォーム用のイエローではなく蛍光ピンクの)キャプテンマークを巻いてピッチの中に立っているのだ。気持ちが入りすぎて激しかける若い選手たちをなだめる笑顔とレフェリーへの毅然とした主張とを巧みに使い分けてチームをまとめる姿は堂々としていて、なんて頼もしいのだろうと思わされた。やはりこの人がキャプテンでよかった、帰ってきてくれてよかった。
もう1人、地道にリハビリをしこの日に間に合わせてきた選手がいた。今日で自分のプロサッカー選手としての人生を終える金久保選手は、そんなことを忘れてしまうくらいの運動量でピッチじゅうを走り回り、ボールを持つと自在に動き、時間を作り、的確にパスを出し、鮮やかに選手を繋いでいた。選手たちはその大切なボールを、何度もシュートまで持っていった。彼らは仲間を信じて、仲間と積み上げた41試合の経験を信じて戦っていた。
そして前半終了間際、黒石貴哉選手の果敢なボックスへの侵入により水戸はPKを獲得する。
痛いほどに貴重な先制点のチャンス。チームは木下選手にキッカーを託した。ゴール裏の低いカメラが捉える生々しい姿。素晴らしい映像だ。メガロドンが無くたってこれが撮れる。心臓の鼓動と息遣いすら聞こえてくる。極度のプレッシャーと深い集中の間をせめぎ合うような表情。ホイッスルが鳴り、ゴールの右隅へ一直線に蹴られたボールは、相手キーパーの手の中にがっしりと捕まって止まった。
時の空白に嵌ったような一瞬の思考停止の後、あまりにも手厳しい目の前の現実に、声にならない声で呻くことしかできなかった。同時になぜだか清々しくもあった。もう見たものと錯覚するほどに彼らの勝利という結末だけを信じきっていたので、そこにたどり着くまでの道を作る権利を木下選手が所有していること自体が、わたしにはとても充足感のあることだったのだ。
このチームとしての最後の90分が終わった時、彼らと、彼らとともに走り切ったすべての人たちの上に広がっていたものが何だったのかは、知っての通りである。

 

第42節 | 水戸ホーリーホック公式サイト

 

 

 

 

10月23日という異例の早さで、リーグは22シーズンの全日程を終えた。
木下選手に関して言えば、チーム最多出場となる38試合の出場、チーム総得点の約25%を占める12ゴールなどの数値的功績と、素晴らしいプレーの数々と、何より水戸ホーリーホックの選手として活動する日々の全てで、今季の水戸に貢献してくださった。この時間があった事実は、クラブの歴史からも、それを見届けた全ての人の人生からも、ずっと消えることはない。
木下選手にとってはどんな時間であったろうかと考える。少なくとも10年前ブンデスリーガへ飛び込んだ18歳の青年が思い描いていた人生設計には1ミリたりとも存在していなかったであろう、J2の辺境に漂うこのクラブに来、必ずしも順風満帆にだけでなく過ごした日々は、サッカー選手らしい謙虚でポジティブな思考転換を幾分か意識的にしなければいけないものだっただろうか(わたしは水戸をからかわれ続けて卑屈になりすぎているかもしれない……)。クラブにとってありがたい存在であってくれたことは前述のように自明であり、そうであればあるほど、それだけではのほほん感謝をするのは難しい。木下選手ご自身にとって、このクラブで過ごした時間ができるだけ大切なものであってほしかった。それを確認して心からの感謝をしたかった。なぜなら、わたしは水戸ホーリーホック木下康介選手が大好きで、それを眺めていた半年間が本当に幸せだったからだ。
 
そしてこの半年間、まあ、半年弱をかけて、わたしは木下選手のみならず今年の水戸の選手全員について少しでも知ろうとし、その結果全員のことがとても好きになって、キャプテンを中心にこのメンバーで構成されるチーム自体と、そのチームが体現してきた秋葉監督の愛と情熱の(あと代表や世界基準の視点を持った)フットボールに数えきれないほどの感情を受け取ったので、それがもう過ぎ去ってしまって二度と見られないことには言い知れないほどの寂しさがある。今まで水戸ホーリーホックをこんなに自発的にしっかりと見てきたことは無かったのだ。こんなにも1人の選手に没頭し、こんなに多くの選手に愛着を感じたのは初めてだった。

 

毎年覚えていようと思いながら忘れるオフシーズンの乗り越え方をまた一から模索しなければいけない。さて来季についてのリリースによって全てがおじゃんになってしまいそうなチキンレース感にはらはらしつつ木下選手に関する蛇足をもう少しぶら下げる。

 

横浜FC下部組織時代のことをできる限り追ううち、まだ線が細く、しかし既に飛び抜けて背は高く、寡黙で精悍な佇まいでゴールを量産していた木下選手が当時、その周囲にいた人たちにとってどれだけ大きな存在で、どれだけ愛され期待されていたかを窺い知った。
”木下さん”にはトップチームに上がってもらいたい、横浜FCを背負う選手として大成してほしい、しかし大人たちの思惑の渦の目の中から海を渡る向きの力を受領し進んでいく彼の背中を尊重し、海外ルートはうまくいかなかった前例も多いと不安になりながらも、限りなく少ない情報から、ゴールしたとか、怪我をしたとか、4部リーグに行ったとか、そのたびに一喜一憂し、大丈夫かな、帰ってきてもいいんだよ、いいやまだ帰ってくるんじゃないぞ、とそれぞれに激励の念を送ること9年、ついに日本へと思ったら何と浦和に加入、そこで出場機会を得られないのを見て戻ってきたらいいのにと言っているのに今度は水戸に移籍するのをそうなんだ応援するよとただ見守り、三ツ沢凱旋ゴールをし水戸で要として輝く成長した姿を心から喜んでいた横浜FCサポーターの方々。
わたしはそんなフリエサポさんたちのことを思うと、勝手な想像だが木下選手が今後のキャリアのどこか、いやその長い旅の終わりの場所に横浜FCというクラブを選ぶ姿も脳裏にありありと浮かんでき、本当にそうなったとしたら素直に応援したいなあと感じるのだった。ちなみに木下選手は我がチームのホーリーくんよりもフリ丸のほうが好きだそうです。

 

それに限らず今後のことをつい想像するが、まあ現実は本当に分からないわけで。今までも国やリーグを超えて各地を飄々と渡り歩いてきた選手だ。日本国内のみで考えるのは浅薄かもしれない。髭を伸ばし始めたのを見て「まさか……次は中東かっ!」など思うくらいには何も材料がない。いや、他のJクラブなんかに行かれるよりはもはや中東の方がありがたい。
サッカーを続けられるのを前提に考えること自体失礼なのかもしれないとすら思う。もちろん来季も水戸で活躍される姿を1ミリたりとも諦めていない。でも本当に分からない。全く分からないから、きっと何も考えず、何も期待せずにいるのがいいのだろう。その区切りをつけるためにこの記事を書きはじめたような気がする。
どんな道を選択されるとしても、木下選手のプレーヤー人生が後悔のないものでありますように。

 

 

あとがき
書きたいことは止まらず、このだらだらとした文章になんとかオチをつけるとしたら、わたしは木下選手の本物の姿をこの目で一度たりとも見たことがないということだろうか。そもそも2017年を最後に一切スタジアムでのサッカー観戦をしていないのだった。この半年間、これだけわくわくしたり胃を痛めたり、喜んだり涙を流したり、創作意欲の根源にしたり仕事を頑張れたり、木下選手が節制なさっているからわたしもお菓子食べるのやめよっ♪など思ったりと、自分の生活に深く入り込んで感情を掻き回してきた存在は、わたしにとっては全部、画面の中の一方向的なコンテンツだった。
メディアを通して目に入る姿はどれだけ高精細であってもただその形を模した虚像に過ぎず、豆粒であっても実体を目の前にすることは得られる情報量が全く違う、一度は肉眼で拝みたい、とも思っていたけれど、本物に触れることへこだわる気持ちはいつの間にか、それを阻む色々な障害を乗り越えようとするだけのパワーを失っていた。感受性が腐ってしまったのだと思う。
感受性がないから、オチとかも付けられなかった。こんなところまで読んでくださった方、面白くなくてすみません。ありがとうございました。

 


参考リンク(ざっくりです)

【Jリーグ公式】木下 康介:水戸ホーリーホック 

プロサッカークラブとして。|Gengo Seta|note

ゴールの裏側。|Gengo Seta

唐山翔自の笑顔|Gengo Seta

「教えて!ホーリーホック!」木下康介 - YouTube

Glass Animals - Dreamland - YouTube

木下選手集 - tsujiのイラスト - pixiv

↓移動しました。添付画像ほか

zurqa.hateblo.jp

 

 

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特に5月より後、心がたいへん荒んでいた時期に、サッカーのサの字も知らない同居人を捕まえて夜な夜な悲鳴のように木下選手の良さを語っては「そうなんだ。まあお菓子でも食べよう」と適当にあしらっていただきお茶を淹れてもらうということを繰り返していた。リビングで試合を観ていると「どっちが応援してるチームだっけ?」と毎回(毎回!)聞いてくるその無関心さに、結構救われていたのです。彼女には感謝してもしきれません。

 

また、サッカーを憎みながらも自分なりの方法で少しでも理解しようとしてくれた知人。あなたとの間でないと絶対に成立し得ないあまりにも無茶苦茶すぎる木下選手話は、うざかったが気分転換にもなっていたのだよ。ケンホロウで手打ちにしよう。